2010年3月1日月曜日

BI : ベーシック・インカムに対する覚書(その五)

ところで、実現可能性の高い政策として考えた場合、私は「給付付き税額控除」が一番現実的な回答だと考えている。いくつかの国々で実際に運用されており、なにより政治的な抵抗が一番少ないと考えるからだ。現在の社会保障システムが様々な問題を抱えており、現実問題として改革が求められていることは、多くの人達が賛同することだろう。困っている人達が多くいる状況で、政治的なゲームが繰り広げられることは望ましくない。

とはいうものの、私は上記の制度には、じつは否定的だ。短期的には意味があるし重要な制度改革だとは考えるがしかし、長期的な視野で見た場合、あまり望ましくない。「労働力が余る傾向にある」というテーゼを主張しているためだ。労働力が余る、という言葉に違和感のある人には、言い換えよう。「全体の労働コストは不可逆的に下がる傾向にあり、それは創出される労働需要をはるかに上回る」ということだ。単純な話で、サービスの値段がどんどん下がれば、それは給与となる原資の額がどんどん下がることを意味する。最低賃金保障があるので個々の分野/企業では下げ止まりや、あるいは収益改善で上がることもあるだろうが、全体を見た場合は、この傾向は止まらない。ようするに、ほとんどの人が低賃金労働を余儀なくされていく、ということだ。負の所得税にしろ給付付き税額控除にしろ、基本は同じで、生活に必要な資金を賃金で得られないのなら、それを一定の範囲で保障しよう、という制度だ。制度を利用する人達が増え続けるとするなら、その制度がどういう帰結を迎えるのかは、容易に想像できるだろう。

じゃあ、どうしたらいいのだろう。私のアイデアは、「ベーシック・インカムを使って、健常者に対する社会保障の上限額を決め、基本的に、その範囲内で生活してもらおう」という考えだ。先に言っておくが、これはあくまで「健常者」が対象であって、身体的に問題を持つ人々に対する保障は別論だ。それでも異論を持つ人は多いだろう。ベーシック・インカムは「最低生活保障」なので、いま現在生活保護を受けていたりする人達や、年金で生活している人達にとっては、減額になる可能性が高い。というか、まずそうなるだろう。どうやって暮らせばいいのか、と怒る人も多いだろう。

しかし、だ。「働ける人が働いて社会保障の原資を稼ぎ、それを元手に『いまの暮らし』を維持する」という考え方は、近いうちに崩壊する。もしかすると、もう崩壊しているのかもしれない。いつまでもそんな夢物語にしがみつくことで税金をいたずらに浪費したり、失敗した企業を延命させて社会的損失を出し続けることは、もうやめよう。我々は「暮らし方」を考える時期に来ている。豊かさについて、考え方を改める必要があるのだ。

社会的な生活を維持するのに必要なものはなんだろうか。衣食住だろう。他のものはどちらかといえば文化的な生活、に属する。まず、この三つから考えよう。

衣料については、正直、あまり考えてない(笑)。ただ、衣料の価格破壊はすでに進行しているし、あるいは昔のように「繕い屋」という仕事が復活するかもしれない。フリーマーケットという手もあるだろう。
食料。これはけっこう難問だ。価格破壊が、ではない。既得権益の問題が、だ。ご存じない方もいるかもしれないが、日本は国内の一次産業従事者を保護するために、食料輸入には高関税を課している。また、漁業、畜産、そして農業には巨大な規制があり、大資本による効率化された生産活動は、かなり困難なのが現状だ。言い換えれば、関税を撤廃したり、『従事者ではなく漁業畜産農業そのものを保護育成する』方針に切り替えれば、価格はかなり安くなるだろう。もちろんそれは、それぞれの仕事に従事する人々の失業を意味する。関連する組合団体も解散を余儀なくされるだろう。しかし、だ。行政の保護は、けしてそれらの産業の守ることを意味しない。むしろ逆効果であり、心ある経営者の足をひっぱっているのが実情だ。この既得権益を破壊しなければ、困っている人々に行き渡るだけの食費を用意することは、容易ではないだろう。
最後がこれも難関。住居の問題だ。これは逆に行政にがんばってもらわなければならない問題だ。具体的には、実質無料で利用可能なシェルター(避難所)の設置と、低コストで入居可能な集合型公営住宅の整備拡大だ。これは財政的にも難しい問題だし、公営住宅は「民業圧迫」と反対される可能性が高く、政治的にも難しいだろう。しかし、ここをなんとかしなければホームレスとなる人々は増える一方なのだ。行政は持ち家を勧める方針を転換して、国民には基本的住居を提供する方針を考えてもらいたい。

衣食住、というもっとも基本的な問題でも、その改善は容易ではない。しかし、ここで考え方を変えてほしい。誰にも失業の危機があり、低賃金労働者となる可能性があるならば、これらの整備低価格化は、誰にとっても利益となるはずだ。生活コストの低減は、豊かな暮らしをしている人にとってもメリットがあるし、苦しい暮らしを強いられている人々にとっては、なおさらだ。デメリットがあるとすれば、その産業に従事している人達にとってだが、はっきり言えばそれは、「既得権益の保護にすぎない」のだ。社会全体の利益を考えてほしいし、なにより、激しい競争を闘っている他の産業労働者に対して不公平ではないか。失業などによる生活レベルの低下は、たしかに精神的ダメージもおおきいだろうし、当事者にとっては苦痛だろうが、「すくなくとも死ぬことはない」という環境の整備は、それらの人々にとっても再起を促す原動力になるだろう。再チャレンジには、社会的な基盤造りが不可欠なのだ。

住環境の整備で、もうすこし。私は集合型住居の整備が望ましい、と考えている。というのは、これから増大する高齢者を適切にケアするためには、彼らの住居がまとまっていたほうが合理的だし、対応もすばやく取れる。現実問題として、たとえば限界集落にすむお年寄りも少なくないが、彼らを的確にケアし続けるのは難しいと考える。急に医者が必要といわれても、無理だろう。それに、集合住宅であれば、その維持管理の問題から、必然的にそこのコミュニティに所属しなければならない。まあ、わずらわしく感じる人も多いだろうが、コミュニティの再生による相互扶助は、行政コストを下げる意味でも必要なのでがまんしてほしい。どうしてもイヤな人は、死ぬ気で働き続ける道を選択して、好きなところに住むようにしよう。

ベーシック・インカムを導入するにせよしないにせよ、社会保障制度の問題は、この先重要視される一方になることは容易に想像がつく。であるならば、我々は行政コストを可能な限り低減させ、その原資を維持することを考えなければならない。行政に極力頼らなくてもすむシステムの構築が必要なのだ。そのためには、「助け合いの精神」を復活させ、それを行き渡らせなければならない。社会福祉は行政の仕事、という発想そのものが根本的に間違いなのだ。社会福祉はみんなが取り組む問題だ。行政も行政で、安易に福祉を拡大させるべきではない。それは結果的に財政破綻を招いたり、ほんとうに必要なサービスの低下を招く。まずは、みんなが協力してできる道を探そう。話はそこからだ。そうすれば少ない給付額でも、暮らしていく道はひらける。逆に言えば、この考え方を持たない限り、どんな制度であろうと破綻の道しか待っていない。

さて、最低給付でもなんとか暮らしていく社会が構築されたとして、それを保障するために現金給付という制度が必要なのだろうか。結論から言うと、現金給付と保障は関係ない。衣食住が保障され助け合いの精神があれば、現金給付なんかなくても生活の保障はなんとかなる。ではなぜ現金給付が望ましいのかといえばそれは、自由な経済活動のためだ。

人の幸せは他の人間にはわからないものだ。腹を空かせながらも好きなフィギュアを買い集める人もいるだろうし、着る物をけちって食費に回す人もいるだろう。給付されるものが現金であるからこそ、人はそれぞれの欲望にしたがって使い道を決め、それぞれの欲求にしたがって消費を行う。経済はそれを原動力として回り、そのなかからイノベーションの芽、新しい欲求の芽が出てくるのだ。欲望を満たすために現金が必要だからこそ、人はそれを得るために仕事をしようとするだろうし、様々なモノやアイデアを人に売ろうとするだろう。それは規模はちいさいかもしれないが経済を活性化させ、ものによっては巨大な利益を生み出すこともある。お金がなくては世の中回らないのだ。

以上が、私のベーシック・インカムに対する私見だ。まとめると、こういうことになる。

・産業進化は労働力の低減を招き、失業の増大や低賃金労働の拡大を生む。
・現在の社会保障体制は上記の前提に立っておらず、近いうちに破綻する。
・生存コストの低減を速やかに進め、あわせて行政コストを低減化する社会の構築を目指す。
・低コストで再チャレンジ可能な社会の構築を目指す。
・基本給付による、ミニマムマーケットの活性化を促す。

こんなところだ。既存のベーシック・インカムについて書かれた書物とは、いくつかの点で違うところに違和感を感じる人もいるかもしれない。しかしそれは、「労働力は余る傾向にある」という基本テーゼを共有していないからだと考える。同じ前提に立てば、すくくとも考え方の道筋には同意してもらえるだろう。もし、私の前提が間違っていると考えるのなら、反論してもらいたい。私自身も、これが間違いであることを願っている。「いまの価値観で考える限り」暗い未来だと思うからだ。

というわけで、なんとか完結まで持っていけました。ご愛読くださった皆さん、ありがとうございます。反論ある方は、ぜひどうぞ。コテンパンにしてください(笑)。

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